どうやら生命力なんじゃないか

先日、ようやく、

自分の中の欲求の根源がはっきりと見えました。

「生命力に触れていたい」

これが根源なら、主人に惹かれるのも、
元気な子どもを見ているだけで嬉しくなるのも、
様々な分野の各一部分にだけわくわくするのも、
納得ができます。しっくりきます。

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自分の欲求の根源がどこにあるのか、
ずっと正体が掴めなくてもやもやしていました。

表現活動をすればみつかる?→なんか違う
自分の時間を増やせばよい?→なんか違う
やりがいのある仕事を探す?→なんか違う

上記のどれを変えたところで、
根本的な解決にはならない気がして、

とりあえず、自分が、
‘どんな人・モノ・時・場所に
 わくわくを感じるか’を書き出してみました。


主人/お姑さん/親友/何人かの友人/元気な子ども/
嬉しそうな人/いっぱい笑う人/生き生きしてる人/好
奇心旺盛な人/何かに没頭してる人

伝統文化/手づくりのもの/心に残る音楽

食べるとき/つくるとき/没頭しているとき

活気あふれる場所/歴史を感じるもの/古い日本家屋/
寺社仏閣/自然


思いつくままに挙げてみると、
どの項目も“生命力”を感じるものばかりでした。

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子どもの頃はまだ、具体的な事柄に結びつける必要がな
かったから、わくわくを純粋にわくわくするだけで満足
していました。


大人になって、仕事や生活が絡んでくると、
「好きなこと=行動に移さなきゃ」とか
「具体的な目標がない=向上心/計画性がない」とか
「全ての行動には意味づけが必要」とか
色んな方程式にがんじがらめになって、

充実した人生を送るためには、
‘○○が好きだと断言しなきゃいけない’
‘具体的な目標を持ち続けなきゃいけない’
と思い込んでいました。


だから、
特別やりたいことがない、
ひとつのことにのめりこめない、
そんな自分はダメだなぁ・・と思っていたんです。


でも、具体性を持たせる必要はありませんでした。

生きる力の源が“生命力に触れること”にあるならば、
自分の行動を特定の手段・方法・対象に
固定する必要はないのだと思います。

 


今までは、
「今日はなにしよう・・・
 特にやりたいことないな・・・
 今日もわざとやりたいことを作って、
 自分を高めるための行動をむりやり探して、
 どこか虚しさが残る一日を過ごすのかな・・・」
と恐れていた予定のない休日も

これからは、
「さぁ、今日はどんな生命力に触れようか」
に変わります。

 

自ら目的を持って何かする必要も、
あえて理由を添えたり、用事を作る必要もなくて、

活気あふれる場所に行くだけ、
自然の中に行くだけ、
食べる行為に関わるだけ、
生き生きしている人のそばにいるだけ、

本当は、それら‘だけ’、
その人/モノ/時/場所の生命力を感じているだけで、
もう十分に満たされているのでした。

既に満たされているところに
無理に目的や理由を与えようとするから、
逆にどうすれば満たされるのかが
わからなくなっていたのだと思います。

 

 

今回の発見によって、
私の視点は180度変わります。

例えば、、


<仕事>

 仕事がつまらない。今の仕事は向いていないのかも。
 もっと楽しい仕事をした方がいいんじゃないか。
 でも、自分にとって楽しい仕事が何かわからない
          ↓
  わくわく仕事をしている人がいる職場に変わる。
  職場内でわくわく仕事をしてる人を見つける。

 

<人間関係>

 あの人はやりたいことが沢山あるのに自分にはない。
 羨ましい。寂しい。嫉むなんて自分はダメな人間だ。
          ↓
 自分もワクワクしたいから、
 ワクワクしているこの人のそばに居よう。

 

 こんなにサポートしてるのに、
 充実しているのは相手だけ。ずるい。
 もっと感謝されたい。もっと認めてほしい。
          ↓
 この人が生き生きするようにもっとサポートしよう。
 そして、この人の生命力にあやかろう(笑)

 

特に人間関係においては、
「嫉妬」とか「承認欲求」とか「我慢」とか、
今まで自分で自分を苦しめていた感情が、
スッと剥がれ落ちていくのがわかりました。


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「好きなことだけして生きる」
みたいな言葉が好きじゃありませんでした。

それができるのは、
才能に恵まれた一部の人間や
勘違い自己中人間だけでしょ
と思っていました(笑)

でも、もしかすると、それって、
才能があるからできるんじゃなくて、
自己中だからできるんじゃなくて、
自分の根源的な欲求に沿った判断基準を一本、
軸に持ってるからできることなのかなと
思うようになりました。

今回の発見で、
明確な判断基準を持てたことは大きいです。

この人・モノ・時間・場所は、
“生命力を感じさせてくれるか”
これからは、それを軸に、
選択や判断をしていきたいと思います。


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色々と書きましたが、
私にとって一番シンプルに生命力に触れる方法、
それは、主人のそばに居ることです(笑)


恐れでもなく、見栄でもなく、
我慢への自己陶酔でもなく、

自分がわくわくして生きるために、
主人が生き生きできるようサポートしていきたい。

いつまでも、そんなバカ夫婦でいたいです。


ありがとうございました^^*