“ないがまま”の心地よさ

こんばんは(^^)

突然ですが、、
実は3月頭にちょっとした手術を受けまして、
今は自宅療養をしています。

普段なら味わうことのできない緩やかな日々。
この1週間で見える景色がだいぶん変わりました。

そんな中で見えてきた新しい指針のひとつ、

「“ないがまま”を愛する」ということ。


“あるがまま”という言葉を考えていて思ったのですが、

「これは“ない”けど、これが“ある”からいいの!」
という考えって、結局、“ない”呪縛からまだ抜け出せていなかったんだなぁと。
しかも、この考えだと、せっかくの“ある”部分が、純粋な肯定ではなく、肯定するための道具に成り下がってしまうというか、“ある”が“あらねばならぬ”に変わって、今度は失うことへの恐怖や固執に繋がってしまうというか、、

つまり、“ある”もの“ない”もの、
どちらにも縛られる結果になると思った訳です。

でも、
「あぁ、私にはないなぁ。
   (確かにあると嬉しいけれど)
   これはこれでいいかも。」と、

“ないがまま”を感じれば、
ないことを無理やり肯定する必要もなく、
あることを肯定の道具にする必要もなく、
自然で、心地好いなと思いました。

 

主人と散歩しながら、そんなことを考えた一日🍀f:id:okimei:20170312222706j:image

今日も好い日だった。

ありがとうございました(*^^*)